2011年01月27日

深きご縁に感謝して

 一月二十九日、一月にしては暖かな日、我がクラブ名誉会員故小島四郎パスト会長の告別式がしめやかに行われました。
 小島四郎さんは、私の入会時の推薦者でした。偶然にも今期会長を務めさせて頂いているこの時に亡くなられ、クラブ代表として私が弔辞を述べさせていたゞきましたことなど、何か深いご縁と廻り合わせを感じております。
 振り返って一九七九年(昭和五十四年)ボーイスカウト師勝第一団結成の時、初めてお目に掛かってから昭和六十年まで団委員長として、団の運営と子供達のお世話に心血を注ぎ、今日の団の礎を成してこられました。丁度そのころ私はカブスカウト隊々長として一緒に活動していました。あまりの熱心さに或る時、なぜそこまで?と問う私に「人間は一人では生きて行けないんだ。地域社会の多くの人達の深い愛情と善意、それと幾多の奉仕によって、みんな活かされているんだよ。」と仰ったことが印象に残っています。望論 私はまだロータリアンではなかったのですが、今思うと、あの時すでにロータリーの精神を私に示し、そして自ら実践して居られたのでした。
 しかし残念なことは、最も青少年の育成には熱心であった方だけに、今年当クラブが主管するライラセミナーを見届けることなく急逝されたことは、仮令天の配剤とはいえ痛恨の極みであり残念としか言い様がありません。
 私は故人の信念を大切に地域への奉仕、そしてロータリーの奉仕の理想を追求し、これからのロータリー人生をまっとうして行ければと思っています。ありがとうございました。

二〇〇七年一月三十一日(第一一一一回例会)
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2011年01月10日

三クラブ合同新年例会 ホストクラブ会長として

 本日は第二十一回の三クラブ合同新年例会となります。本来なら、おめでたい言葉でごあいさつ申し上げるところですが、先ほど司会者のご案内の通り、当クラブパスト会長小島四郎君現名誉会員が、昨夜急逝されました。誠に痛恨の極みに存じます。一同心からご冥福をお祈り申し上げて居るところでございますので、新年のご挨拶はさし控えさせて頂きたいと思います。
 ちょうど二廻り六年前、平成十三年一月二十日の三クラブ合同新年例会、私はホストクラブ幹事としてこのように皆様の前で幹事報告をさせて頂きました。あれから星移りまして今日、会長としてごあいさつ出来ますこと誠に光栄に存じ、心から感謝致しているところでございます。
 皆様本日のプログラムの表紙をご覧下さい。見たことのある文字だと仰るでしょう。これはガバナー月信一月号の表紙文字をそのまま使わせて頂きました。ご存知の通り今年度ガバナー方針「原点回帰」でございます。
 さて昨今のような格差社会と商道徳の欠如を嘆く時代は二十世紀初頭のシカゴの街と似ているのではないかと想像しませんか。あの時ポール・ハリスは何とかこんな時代に信頼と友情を深める仲間づくりが出来ないかと思索を重ねて、ついに一九〇五年二月二十三日、シカゴにロータリークラブを誕生させるわけです。そして、ポール・ハリスは四十二年の間ロータリー発展に生涯をかけ、一九四七年一月二十七日の今日、七十九才でこの世を去りました。ご冥福を祈りながら、彼の起した原点をもう一度見つめ直すこと今がその時期ではないかと今年度ガバナー方針で示されております。
 今日はこのあとすぐご講演をお願いしております塩川正十郎先生から溜飲の下がるようなお話しも聞けるのではないかと楽しみにしております。
 どうぞ最後までご拝聴のほどお願い申し上げて、ご挨拶と致します。

二〇〇七年一月二十七日(第一一一〇回例会)

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2010年02月27日

環境保全

 一月一日の某紙社説欄で、「戦後最長の景気拡大」と企業空前の高収益がよそごとのような年明け。市場原理主義の行き過ぎを反省し、資本や金でなく、人間性を大切にする新しいヒューマニズムな社会が必要だ。というような事が載っていました。「新しい人間中心主義」というんだそうで、よくわかりませんが、そもそも、その人間中心という考えを改めるべきことがあるのではないかと思うのです。環境問題一つとっても今や、地球環境は深刻な状況が加速していることは、みんな承知しているのですが、これからは、人間の都合だけでなく、魚の意見も、鳥の意見も聞けというような学者もいます。
 ある時、動物達が集まって、この地球上に人間さえいなかったらどんなに幸せだろうと言ったそうで、言われてみればその通りのような気になってきます。
 万物の霊長であるとする人類は、人類のためになら何をしてもよいという傲慢さが無意識の内にありますね私達にも。ここ等で心を入れ替えなければ破滅を招きます。しかし、日本は少し努力しています。一九九七年に京都で開かれた「第三回気候変動枠組条約締結国会議」では先進国が温暖化対策として、目標を決めて頑張ろうとしていますが、肝心の二大国が、今だ枠の外にいるのは許し難いではありませんか。残念なのはその一国が、我がロータリーの母国とは情けない。
 ちゃんとロータリーには社会奉仕活動の内環境保全プログラムがあります。その中に、「地域社会、国々、世界に影響を与えている緊急の環境問題について理解を深めよ」とあります。このままでは「超我の奉仕」の金看板が泣きます。
 人から「一〇〇日の説法、屁一つ」と言われたらどう返答したらいいかしらん。しかしあちらはあちらで、お考えがあってのことでしょう。
 今年、北名古屋市廃棄物減量等、推進審議会委員の要請が当クラブに届いていました。地球環境改善のため、循環型社会の実現を目指す北名古屋市民として、尾張中央ロータリークラブの代表としてお手伝いに参ります。

二〇〇七年一月十七日(第一一〇九回例会)

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2010年01月07日

新年初例会

 あけましておめでとうございます。
 まず皆様、ウィークリー表紙をご覧になりましたか。石川雄晤君が素晴らしい写真を提供して下さいましたので未筆ながらこれを讃じて御製を一首書き初めました。
 「さしのぼる朝日のごとく さわやかに
        もたまほしきわ 心なりけり」
 年あらたまっても一向に晴々とした世相ではありませんが、とりあえず、元旦の朝は初詣、私は地元の白山社に詣でて、そして家の庭で「四方拝」をする習しを続けています。これは伊勢の皇大神宮(内宮)、豊受大神宮(外宮)に向かって拝礼したあと、東西南北に向かって八百萬の神々を拝するものです。
 初詣には皆さんお出かけになったと思います。正月にはじめて社寺に参拝することをいうわけですが、平安時代からの風習だそうです。
 私はいつもこの時期になると、つくづく、この国に生れて良かったと思うのであります。つい先月キリストの降誕を祝ってクリスマスを祝ったかと思うと、年末には天台宗、私どもの壇那寺へお参りし、年が明ければ神信徒となって伊勢の神々に拝礼する。私達はこれをあたり前のように行っている。
 唯一の神のみを信ずる人々から見れば、何と節操のないことかと思うでしょう。又、宗教観の異なる国々の人はとても信じられない光景かとも思いますが、森羅万象すべてに神霊やどるとするこの国の心の広さを物語っているとも言えるのでしょう。
 さて新年、さしのぼる朝日のごとくと参りたいところではありますが、せめて心はさわやかに努めて参りたいと思います。
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

    二〇〇七年一月十日(第一一〇八回例会)
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2009年10月27日

天職に奉ず

 今年も余すところ数日となりました。振り返って見ますと、今年くらい「職業倫理」が問われる年はなかったように思います。事例をあげるまでもなく、皆様ご存知の通りでございます。
 私達ロータリアンは職業人の集団であります。その職を通しての奉仕が結果的に、社会奉仕、青少年奉仕、国際奉仕として貢献しているわけですが、「奉仕の本質はまさに職業から生れるものといってよいと私は思っています。そして当然そこには倫理という心の枷が必須な条件としてあることも忘れてならないと思います。
 さて、ロータリーが倫理観を説く前に日本ですでに高い職業倫理はありました。江戸時代に「職業倫理」を説き、日本の近代思想の基礎を築いたとされる思想家鈴木正三という人、この人、武士の家系に生まれ、大阪夏の陣、冬の陣に参戦したにもかかわらず出家し、禅僧として思索を深め、残した書物の中でも働くことは、それ自体が目的で「天職」に打ち込めば、人間として完成されるという教えは日本人の勤勉さをいち早く表したものであるとして、注目を集めたといわれています。
 又、近江商人で知られる山村平八の「商社格言」は商道徳を守ってこそ商人の道はあると、その心得が遺されています。一部を紹介しますと、
常に正直と勤勉を第一とす。
信用を重んじて利益は後に考えるべし。
品性を養って日頃の行いを慎み、法規を守り、
約束を実行し、善根を心がけ、そして人に知られない善行をせよ。
人のために尽くすことは、やがて自分のためになると知れ。【商社格言抜粋】
とこのようにいって居ります。私達ロータリーでは、一九一五年七月十九日サンフランシスコに於いて開催されたロータリークラブ国際連合会第六回年次大会にて、道徳律が採択され、ロータリーの組織の光明として示されて来ました。そしてその後ハーバード・テーラーによる「四つのテスト」が現在まで職業倫理を具体的に説明する言葉として、私達の行動の指針を今日に示しています。
 皆様どうぞよい年をお迎え下さい。

二〇〇六年十二月二十七日(第一一〇七回例会)

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2008年12月27日

おにぎり

 私が入会したころ、粗食例会という例会日がありました。確かおにぎりだったように記憶しています。なぜおにぎりが粗食とされたのかは解りませんが。
 さて、テーブルに食べきれないほどの料理、無駄とか、残せばもったいないとか一切考えなくていい、贅沢な食事にくらべておにぎりというこれほど合理的なものは無いのではないかと思う。第一どこで食べようと場所はかまわない。ゴミなど出ない。私達のご先祖はよくまあ考えられたものよと感心せずには居られません。
 日本人が世界で長寿国となっているのは実に、従来の簡素な食生活が今の老人達に維持されてきたからだという説もあります。
 私達は永い間、脂肪の少ない米食中心で、大豆からとった豆腐・野菜・海草類をたくさん入れた具で、これが伝統食として私達の健康にも大きくかかわって来たようです。
 終戦直後の食糧難の時代、私は幼児期で成長盛りの年でした。ひもじい思いを嫌というほど体験しましたがその時代に比べて今は夢のような飽食時代です。
 しかし、夢に見た飽食は、結果的にロクなことはありませんでした。欧米型の食生活パターンに変わってから、糖尿病は増えるは高血圧・高脂血症は増えるはで、良いことはない。
 禅僧の食事は、一見簡素に見えるが、栄養はバランスよく十分確保されているそうです。
 日本人の伝統食が見直されています。おにぎりもその一つで、決して粗食などといっては、ご先祖に申し訳が立たない。

二〇〇六年十二月二十日(第一一〇六回例会)
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2007年12月20日

年末家族会

 皆様今晩は。今日は年二回ある家族会の内、年末は恒例のクリスマス家族会です。
 ご承知のようにロータリーでは親睦が最も大切な目的の一つです。そこに家族が加わりますと更に輪が拡がり、最大の目的である奉仕の理想に一歩近づけるでしょう。
 胸襟を開くと申しますが、おいしいお酒も食事も充分ございます。ご馳走をいたゞきながら、尾張中央ロータリークラブ水いらずの語らいで親睦を深め、今日一日楽しく過していたゞきたいと思います。
 本日の準備に、親睦委員長太田吉宣君はじめ委員の皆さんには大変ご造作を掛けました。心から感謝申し上げ、簡単ではございますが、ご挨拶といたします。

二〇〇六年十二月十七日(第一一〇五回例会)

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2007年10月27日

謙虚の美

 このところ、町の床屋さんが減りつつあることは皆さんもお気付きと思います。若者客の床屋離れと、マスターの高齢化が、拍車を掛けているのが現状と聞きます。
 男が美容院へ行くのも、我々の世代は抵抗があるが、いつかは、薄くなった頭を刈りに行かなくてはならぬのかもしれない覚悟が必要だ。
 昔から「苦髪楽爪」と言う、気のせいか最近は爪も髪もよく伸びる。
 隣の中国では、「白髪三千丈憂いによりてかくの如く長し。」と苦労を例えてこのように表現する、言い方がオーバーなのは、あのダダッ広い大地に棲むと、こうなるのかもしれない。廬山の瀑布(瀧)を眺めて、詩聖李白も大げさに「飛流直下三千尺、疑うらくは是れ銀河の九天より落つるかと」と、詩の表現は大きい方が良いそうですが、詩に止まらず、この国の人達の大げささは御免被りたいこともある。例えば戦争での被害を誇張するなどは聞く方も心が傷む。
 日本人は、大げさに言ったりするのを「大ぼらを吹く」とか大風呂敷という言い方で、あまり良い印象は得られない。むしろ小さく表現したり、控え目な見方が好まれるのは国民性でしょうか。コ富蘆花なんか家は十坪で庭はたった三坪しかない。しかし「庭狭きも碧空を仰ぐ可く、歩して永遠を思うに足る。……中略。 静かに観ずれば宇宙の富は、殆ど三坪の庭に溢るゝを覚ゆるなり。」と、これが日本人の感性ですね。
二〇〇六年十二月六日(第一一〇四回例会)

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2006年12月27日

南極ものがたり

 今日は、当クラブテリトリー内で地元のボランティア活動にご尽力されている団体代表者にお出で戴き、皆様の活動に少しでもお役に立てればと些少ですが助成の金員を御呈上致したく、御足労いただきました。
 さて、十一月五日の新聞に「国境なき南極大陸」として我が国の国際貢献の記事が載っていました。
 南極観測船「宗谷」、樺太犬「タロ」、「ジロ」、私達は平生すっかり忘れていたあの南極観測隊のことです。それは昭和三十一年(一九五六年)十一月八日、観測船「宗谷」が盛大な見送りを受け晴海埠頭を出航した時のことでした。
 当時はまだ敗戦の痛手を引きずりながらで復興途中の国民に勇気と希望を与えるような国家事業であったと記されています。
 昭和三十一年、私は中学三年生でした。伊藤操という熱血先生が居られて、この出来事を生徒たちにその時の歌と共に聞かせてくれたことを覚えています。
「白熊ほえ立つ氷海越えて 行くぞ我等の 科学陣……中略。
  ゆけゆけいざ行け 南極観測隊」。
 南極探検はこれより四十六年前、(明治四十三年(一九一〇年)白瀬矗中尉の壮挙で知られています。木造船「開南丸」(二〇〇トン)と二十八人の探検隊員、そして橇犬(樺太犬)明治四十三年の今日です。東京芝浦港を出発したと記録に残っています。
 あれから一〇〇年(実際は九十六年)、南極での活動は、探検から観測の時代に変わり、「南極物語」の映画のようなドラマ性はなくなって国民の関心が低くなったことは確かですが、たゞ「人類理想の条約」と言われる「南極条約」は、一九六二年発効、その内容は、軍事活動の禁止。科学調査の自由を保障し、南極ではどこへ行こうと自由が保障されているという。南極条約の理念と、それに基づく観測活動に日本の科学技術は大きく国際貢献しているそうであります。
 国際貢献では、我がロータリークラブも奉仕活動で大いに発揮して居ります。まさに国境を越えて、奉仕のプロジェクトは「ポリオの撲滅」「国際教育」「平和」「識字率の向上」等国際ロータリーが我々を代表して世界に貢献しています。
 私達は目下、身近なところへの奉仕に心がけています。脚下照顧、足元を見直して行こう、今年のクラブテーマです。

二〇〇六年十一月二十九日(第一一〇三回例会)
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2006年11月08日

士、農、工、商、と その他

 ためにもならない昔話しかもしれませんが、お聞き下さい。江戸中期の政治家田沼意次という老中職。幕府御用達の悪徳商人と癒着して金権まみれの御政道、「よくみつぐ者は、多く報われる」と、何処かで聞いたようなフレーズですが十五年続いた悪政も終り、次に登場する老中松平定信(天明七年・一七八七年)、だいたいこういうことは前が悪いと次がやたらと期待が大きいものです。この人、早速倹約令をしき、農政に意を注ぎ、学問や武芸を奨励し、特に戦が無い為に箍がゆるんだ武士の秩序は乱れっぱなしであった為、武士道を再教育すると云う、幕政の立直しに尽力したいわば功労者で、いわゆる寛政の改革をやった人。
 ダラシないことの大嫌いな定信さん、儀礼や作法についてもうるさかった。その中の一つに相撲界で抜群の力士に、横綱を締めて土俵入りをさせることを許したのが定信老中になって三年目(安政一年)の十一月、最初の横綱は、谷風、小野川だったそうです。(角力根元記)
 横綱の綱は、まさに注連縄で、神前のものであります。強い大関に注連縄を張らせ、神前において地固めのシコ(醜・邪鬼のこと)を強く踏ませて、いわゆる地鎮祭を行わせる。これは国土を固く踏み鎮め、天下の安穏を祈ることと言われている。
 ところで、真面目一本「石部金吉金かぶと」と異名をとる松平定信、江戸城内大奥連のうけはあまりよくなかった。ついに大奥連は、将軍家斉を動かして老中職を罷免してしまうという、清潔な政治を標榜した定信は、引退を余儀なくされたわけであります。
 この時代、さらに士風が廃頽し、一揆、打ちこわしの民衆による反対制運動が激化し、武家の封建支配の瓦解期に入ったとされている。
 自暴自棄に代官や、地方役人に楯つくことを誇るような徒が、各地方に縄張りをもって士農工商の枠外の社会を作る無宿者や、博奕打ちの集団がふえていった。文化、文政、天保の時代。そのころ江戸中で有名だった盗賊鼠小僧次郎吉が捕えられ、市中引き廻しの上獄門にかけられた。これは天保三年のこと。(一八三二年)
 弘化、嘉永、安政の大獄、そして万延、文久、元治、慶応、明治と日本の夜明は急テンポです。皆さんどうですか。人間の営みなんていつの時代もあまり変わりませんね。ではまた。

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