2012年10月27日

ロータリーの理想と現実

 「悪銭身に付かず」と言いますが、悪銭をまんまと取り込んで、約束は平気でほごにするしたヽかなあの国、大国も手玉に取られて形は無い。せっかく大怪我にこりて「戦争は、永遠にしない」と決めた私達も、この理屈の通らない相手が近くにいるとそうもいっていられないというあぶない理屈も出て来る。降り掛かる火の粉を防ぐ道具や使うための練習もいるし、いざという時に必要な心構えも平生もっていなけりゃいけないと、遂にあの法律を改めることになりそうだ。
 国際ロータリーでは、第二次大戦後ロータリアンも手に手をつないで歌を唄うだけではだめだということで、もう六十年も前に「世界平和樹立のための八原則」なるものを実は提唱し、積極的に平和に資するべしとしています。
 そこでその中の一つですが、「愛国主義に捕われず、自分が国際理解と親善と平和を推進するという責務を負っているものとする。」というのがあります。愛国主義に一番捕われているのはどなたの国かと問いただしたくなりますが、そういう私達の国も愛国心を育てる教育が着々と進んでいます。
 ロータリーの理想と精神は他国との紛争や戦争防止に本当はどうなんでしょうか。
 そこで憂うべきは一方に片寄った考え方をすることで、実に危険であると先哲は忠告しています。
 「勇力の男子 勇力に斃れ
     文明の才子は 文明に酔う」
 「君に勧む須く 中庸を択び去るべし
     天下の万機 一誠に帰す」と!
 日本には昔から儒教の教えに「中庸」という考え方があるのです。
 それにしてもあの国を真人間にするのは並大抵では出来ませんね。そこで先ほどの 「RI世界平和樹立の八原則」その二、「どこかが貧困であれば、全体の豊かさを危うくすると認識し、あらゆる国の人々の生活水準を高めようとする措置を支援する」というもの。貧困と格差が争いの根源だとわかっているのですが、むしろそれ等を助長すかのような今日の世相、ロータリーがこれを是正実践できたら素晴らしい。

二〇〇七年四月二十五日(第一一二二回例会)
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春の家族会

 本日はようこそ春の家族会に多数のご参加を頂きまして誠に有難うございました。春はとてもお天気が不安定な季節で、今日も晴れるでもなければ、雨でもない花曇りのような雲天ですが、これから向かう近江八幡、中でも水郷めぐりとお昼の近江牛は楽しみなところでございます。
 この琵琶湖周辺は歴史や詩歌をたしなむ人達には絶好の題材地で、もう何度もお出でになった方も多かろうと思いますが、こうして車窓から眺める景色も来る度ごとに変わっていきます。つぎつぎと開発の波が自然美を駆逐しているようにも思えます。自然環境や景観を残すことと個人の生活権とのバランスが一番難しいのでしょうか。だから残ってるうちに早く見ておかなくっちゃ、という思いも致します。
 ロータリークラブでは、環境保全への活動を奨励するため、一九九〇年から既に取り組んでいます。特に世界的に影響を与えている緊急な問題についても、RIが各国足並みをそろえて実行するよう努力しているようですが、いずれにしても、遅々として進みません。
 今年私共クラブのテーマに添って考えるなら「脚下照顧」とりあえず私達は他郷のことよりもまず自分の身の廻りの町のことをしっかり考えることにしましょう。
 もうすぐ水郷へ到着します。屋形船が見えて来ました。
「堅田の落雁 比良の雪、
   湖上の風光 此の処に収まる」
 大江敬香の詩『近江八景』の一節ですが、いつまでも近江の美しい景色が変らず在ってほしいものです。              (春の家族会 観光バス車中にて)

二〇〇七年四月二十一日(第一一二一回例会)
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菅  公

 ときどきいますね、私は無宗教だと、そういう人でもご先祖の墓参りはするでしょうし初詣にも出かけるものです。もともとこういった行為は自然なもので、改めて宗教とか信仰とか意識しないからかと思われますが。
 さて春といえば入学、進学の季節。時期はちょっと過ぎたが、どなたも一度は経験がおありでしょう「受験のための神頼み」のこと。お陰様で天神様は大忙し。「みんなに公平」かどうかは知りませんが。
 ご存知のように天神様は学問の神様で、菅原道真公の神号ですが、人間が神様になったのは、よく知られているだけでもあと二人、徳川家康公は天台薬師の権現様として東照宮に祀られていますし、豊臣秀吉公は太陽(日輪)の申し子といわれているので、豊国大明神の神号を皇室より与えられたそうで、その豊国の名号は、日本国の別名、「豊茸原瑞穂国」の上下から取ったと伝えられています。この三人の内、道真公が祀られている天満宮が一番親しみをもってお参りされているように思いますが、それはやはり学問の神様として信じられているせいと、もう一つ天神様の社数が多いこと。日本全国の神社数約「八万社」の内、道真公を祀る天満宮は「二万数千社」あるそうですからね。
 ところで菅原道真公を神としてお祀りしたのは、そもそも非業の死を遂げた道真の「怨霊」を鎮める為に祀られたものと言われています。 「東照大権現」やら「豊国大明神」さんとはちょっと違う。
 道真さんの家は代々学問でお仕えして来た家柄、天皇の覚えも厚くとんとん拍子の出世に妬みはつきもの。左大臣藤原時平の「讒言」に合って昨日まで右大臣だった人が、筑紫の国大宰府へ左遷というか流刑。四人の男子は土佐や播磨に流され奥さんと女の子一人都に残され、文字通り一家離散でお気の毒の限りです。いよいよ屋敷を去る時、別れの歌を残したのがこの歌
 「東風吹かば匂いおこせよ 梅の花
      あるじなしとて 春な忘れそ」
 そうして後ろ髪引かれるつらい別れ、妻に対する憐愍の思いがひしひしと伝わって来ます。
 「君が住む宿の梢をゆくゆくも
      かくるるまでに かへり見しかな」
 道真さん五十七才。配所先(大宰府)から赦免を願うもかなわず病を得て遂に観音経を念じつつ薨去。時に延喜三年(九〇三)二月二十五日享年五十九才。
 さて、この人の死後、京の都は大荒れで天変地異が続き、御所の清涼殿に雷が落ちて死者が出る、醍醐天皇も病気に取り付かれ死去。これがすべて道真公の怨霊の祟りと恐れおののき、朝廷自ら神社を建て、その霊を慰め各地にこれを奨励したという。全国にたくさんあるはずです。いわゆる天満宮の天神様であります。
 孫のお受験や商売繁盛のお願いばかりでなく、たまには道真さんの無念をお慰めにお参りしてはいかがでしょうか。

二〇〇七年四月十一日(第一一二〇回例会)

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ライラセミナーで得たもの

 まずはライラセミナーが無事盛会裡に終了しましたこと、ホストクラブとして一つの功績を残した大きな事業であったと思います。皆様のご協力に改めて感謝申し上げます。
 一年余りに亘って準備、計画、実行とクラブ全員の協力が素晴らしい結果を生み出しました。後ほど実行委員長としてお骨折り頂いた大野眞一さんより詳しくご報告を頂くことと致しますが、あの二日間の体験は、受講生のみでなく、お世話をした私共大人達にも、多くの発見と新たな課題を考えさせられた貴重な時間であったと思っています。
 「将来の日本」というテーマは、未来を憂う大人以上に受講生たちは、現実の社会問題を敏感に感じ取り、これからの日本に強い危機感を持っていることを、分科会を回って伺い知りました。特に教育問題を取り上げていた分科会では道徳教育の必要性を痛切に感じていることに共鳴しました。この世に道徳観、倫理感が欠如すればどうなるかは、現実この社会が立証していることを彼らは実感しているのでしょう。経済的繁栄が全てだと信じて来た我々の過去は、極端に個人主義を尊重した結果が、やりたい放題の我がまま人間を多く造り出してしまいました。ライラセミナーに集ってくれた若者達は、この大人達のミスマッチを自分達の世代で歯止めをかけようと考えているのです。この若者達を、将来地域の指導者として育ってほしいと望むならまず、私達自身が身を律して行かなければならないのではないかと反省を込めて思いました。
 私達にはロータリーの示す倫理があります。もう一度見直さなくてはと考えるようになったのもこのセミナーで体験した私の収穫でありました。
 あの二宮金次郎の言う、「躾(しつけ)と教育で、ようやく人道は立つ」。すべては人の道理を説くことから始まる。という言葉をつくづく思い出します。

二〇〇七年四月四日(第一一一九回例会)
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第十五回ライラセミナー

 本日は受講生百三十二名、国際ロータリー第二七六〇地区斎藤直美ガバナー始め、地区役員地区内八十一クラブからロータリアンの皆様多数ご参加いたゞき、総勢三百六十余名による、第十五回ライラセミナーを開催することが出来ました。今回ホストを務めます尾張中央ロータリークラブ一同、心から歓迎申し上げております。
 さて、このセミナーの主旨は、新しい時代を担う若い人達に、将来地域の指導者として活躍して頂けるように、環境と場を提供し受講生の皆さんが自信と優れた能力に目覚めて頂けるよう我々がお手伝いするプログラムであります。
 今回のセミナーのテーマを「将来の日本」と致しましたのは、少々重いテーマではありますが、今あなた方が最も関心を持たなければならないことではないかと思うからであります。将来の日本とは即ち、あなた方がつくる日本ということです。
 受講生の皆さん、今日は大いに語り将来を想像して下さい。力を合わせてよい未来のために話し合って下さい。
 この二日間があなた方にとって有意義な時間とそして友情を育む場となることを祈念致しまして歓迎のご挨拶と致します。

二〇〇七年三月二十四・二十五日(第一一一八回例会)
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後藤新平さんのこと

 いよいよ迫ってまいりましたライラセミナー、実行委員会の皆様の並々ならぬご努力のお蔭で、当日を迎えるばかりとなりました。改めてお礼を申し上げます。念には念を入れて今日、最後の打ち合わせをこの後大野眞一実行委員長のもと開催致しますので、よろしくご協力のほどお願い申し上げます。
 今ロータリーでは青少年のことを、新世代という言い方で育成支援を続けていますが、このたび私共クラブがお世話をするライラもその一つです。学校教育以外で、青少年に対する育成とか子供の教育は、もともと日本人は熱心で特に戦前では日本全国津々浦々、少年団とか子供組、幼年会などが農村部を中心にあって、これは後に地域子供会とか青年団として現在も一部残ってはいますが、戦前のそれはもっぱら愛国少年や愛国義勇青年を育てるためだったようです。もちろん「富国強兵」の国策によるもので、義務教育→青年団→在郷軍人会と云う一大国民組織に組込まれた運動であったといえるでしょう。
 そんな頃(一九〇七年)、イギリス人でベーデン・パウエルという人が考案した青少年健全育成プログラムは、スカウトのパトロールシステム(斥候)、これが子供達や父兄に非常に支持されボーイスカウト野外活動の基礎となって世界に広がりつつありました。
 日本にボーイスカウト運動を広めた後藤新平という人がいます。一九二四(大正十三)年全国の少年団の正しい育成を目指し、少年団日本連盟を設立、自ら初代総裁となって活躍。日本ボーイスカウトの草創期に功績を残したといわれている人です。
 後藤新平が理念としている「少年団の行くべき途」として掲げた「自治三訣」の標語には、「人のお世話にならぬよう。人のお世話をするよう。そして報いを求めぬよう」とあります。これを遺訓とし、とこしえに顕彰すべくこの標語をバナーに入れているのが彼の出身地岩手県水沢市、第二五二〇地区水沢東ロータリークラブさんであります。
 さて、旧師勝町にボーイスカウト運動がはじまったのは一九七九(昭和五十四)年、発団設立の発起人はご存知、我が尾張中央ロータリークラブ名誉会員故小島四郎その人でありました。
 爾来、二十有余年に亘りボーイスカウト運動を通じて地域の青少年育成に貢献した彼は、我がクラブの永遠の誇りだと私は思っています。

二〇〇七年三月十四日(第一一一七回例会)

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武士道とか

 私達がロータリーの集会でお題目のように唱えている「四つのテスト」。もとは、一九三二年ごろ提唱者ハーバード・テーラー(一九五四年RI会長が、潰れかかった会社を立て直す為に社員教育とモラル向上を考えて作られたもので、後に国際ロータリーの職業倫理訓として採用することとなったと聞いておりますが、その内の一 〃真実かどうか〃 これは大変難しいことで物事の真意を見極める、は容易なことではないですね。本当のことを明らかにするのも又同様に難しいことです。そもそも嘘をつかないことだが、これはどうも人間には無理なことかもしれません。洋の東西を問わず、どの国も、どの宗教もまず第一に嘘を戒めています。幼いころから躰られているはずだが、大人になるとこれが守れない。文明が進んで経済を優先する時代、いわゆる競争社会になってよけい嘘つきが多くなっちゃったようです。
 日本には、「嘘も方便」といって相手を思いやる 〃うそ〃 は許されるとする見方があるが、どうも自分を思いやって嘘をつく人が多いというのは嘆かわしい。
 この所、公職の立場にある人から民間人に到るまで立て続けに起きる不祥事も、バレてもともとのような感覚に聞く方も慣らされてしまっているような気がします。又、国民が何よりの情報源としているメディアの信頼失墜は甚だしい、嘘で固めた作り話を平気で報道する神経は、羞恥心のかけらも無いではありませんか。何を以って正義とするかの判断基準すらあいまいになってしまっている現代、真実を求める難しさを痛感します。
 ところで国によって忌み嫌う言葉があります。卑怯者。恩知らず。恥知らず。
だそうですが、日本人は正直者が多く、最も恥を知る国民であったと言われています。ですから「恥知らず」と言われるのはもっとも不名誉な事でした。今は逆に「名誉」をも軽んじられてしまっています。これではいけないというので話題になっているがその昔、恥を知ることと名誉を命より大切にして来た「武士道」の精神をもう一度と言う声もあるくらいです。これもなかなか難しい。
 我々ロータリアンが職業倫理の規範としている「四つのテスト」は最も正直者の集団であれという願いが込められているように思います。同じ寄付や助成金でも、せめてそういう集団からされたものにこそ価値があるとしたいものです。
二〇〇七年二月二十八日(第一一一五回例会)

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奉仕の魁

 さて、ライラセミナー開催まで、あとひと月余りとなりました。この年度頭初より、一貫して今回のセミナー成功に向け、皆様にご理解とご協力をお願いしてまいりました。
 大野眞一実行委員長を始め、クラブ全員の多大な労力の成果が、いよいよ当日、この会場で見られるわけでございます。
 ここまで来るに到ってのご苦労に、心から感謝と労いを申し上げます。
 又、昨年三月、知多美浜会場の第十四回ライラセミナー席上で、今年度の発表を致しまして以来、地区新世代役員の皆様のご指導と、最も頼りにさせて頂いている、ライラ友の会の皆様にも重ねて感謝申し上げなければならないと思っております。特に、ご多忙の中を度々、ご指導にお越し頂いた地区谷山委員には誠に敬服の到りでございます。
 只、こうした多くの人と、多くの時間と、労力を費やして毎年行われるライラセミナーに、今ひとつ各クラブの認知度が低いことに、今さらながら、この度ホストクラブとして感じたことでございましたが、ややこしい理屈は抜きで、青少年の為にと説得し、ひたすら各クラブに協力をお願いして、実に約三百二十名もの参加者を得て開催出来ることとなりました。
 これは、私共のクラブ全員が、一つの信念の基に 〃率先して〃 このことに当たった結果だと思っております。
 ありがとうございました。

二〇〇七年二月十八日(第一一一四回例会)

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2011年02月27日

日本のロータリー復活

 二月は世界理解月間でございます。
 ご存知のように国際ロータリー定款第四条の第四節には「奉仕の理想に結ばれた、事業と専門職務に携わる人の世界的親交によって、国際間の理解と親善と平和を推進すること」。と謳っております。
 一九二一年にロータリーの綱領を改正し、「国際理解と平和の推進」が取り入れられたそうで、これは第一次世界大戦後の生々しい記憶が、平和への願いを強めたのではないかと推測されます。従って国際ロータリーでは、この時から色々な奉仕プログラムが実施されるようになったと言えるようです。ロータリー財団プログラムひとつ取っても、保健や飢餓追放及び人間性尊重プログラムであるとか、教育面では国際親善奨学会、更にロータリー平和及び紛争解決研究プログラムとか、これなんかはどんな活動をしているんでしょうか知りたいものですね。
 たとえば、世界中ほとんどの人が武力だけでは解決しないとわかっているのに、未だ社会保障費をカットしてまで、戦費拡大を計らなくてはならない気の毒な国へぜひこのプログラムが活用されるべきかと思いますが。
 ところで昭和十五年(一九四〇年)というと、第二次世界大戦勃発の翌年で、日、独、伊三国同盟締結、いよいよ大きな戦争へ流れて行く時、日本ロータリーは、国際ロータリーから離脱してしまいます。昭和十六年(一九四一年)ついに米国と開戦、十二月八日には、あの真珠湾攻撃、そして太平洋戦争と拡大していってしまいました。
 昭和二十年(一九四五年)それまでに戦争にも人道的ルールはあったのですが、これを破ってまで使われた人類初めての無差別大量破壊兵器、二発喰って終戦。心を入れ替えた日本、昭和二十四年(一九四九年)国際ロータリーは、日本ロータリーの復帰を許すのですが、戦時中の九年間、それこそ隠れキリシタンのように軍部の弾圧にもロータリーの思想の重要性を信じて疑わず、東京水曜会とか、神戸木曜会などと名を変えてロータリーを守り抜いた。(佐古亮尊著「ロータリーの森を歩く」)あの時、国際ロータリーはこれに痛く感動して、この期間を正当なロータリー運動と考えるという決定を下したのだそうです。
 それにしても、あの大戦の真っ最中に、よく敵国の思想を守り抜けたものと感心しました。
 本当に、先人達がそれまでして大切に繋いできたロータリーですから、大事にしたいものです。それには例会出席の悪いのを、会員の義務だから出なさいなどと言わなくていいようなクラブになることがまず最初に望まれることでしょうね。
二〇〇七年二月十四日(第一一一三回例会)
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2011年02月17日

悲しみを踰(こ)えて

 去る一月二十九日小島四郎パスト会長、二月五日には、鈴木二三雄パスト会長と連続でクラブの重鎮を亡くし、悲しみの二週間でしたが、クラブでは重大行事を目前にしての今日、故人を偲ぶ心は胸に留めて辛くとも、次の行動に移らなければならない状況です。ライラセミナーまであと一ヶ月余りに迫ってまいりました。実行委員の皆様には、引続きご協力賜りますようお願い申し上げます。
 それにしても二週連続で弔辞を読む事になろうとは、想像もしなかったことです。亡くなられた鈴木さんとは、私がゴルフを趣味としていない為、あまり接点がありませんでした。弔辞を述べるに、何よりお力になっていたゞいたのは丹羽パスト会長のアドバイスでした。本当に有難うございました。
 (一九九七〜一九九八)鈴木年度の唯一の功績は、薬物乱用防止運動でした。この運動の評価は高く、時の犬飼ガバナーから会長賞(国際ロータリー会長表彰の中で最も大きい賞で「意義ある業績賞」と云い一地区に一事業のみに授与されるもの)が贈られたこと、それから何といっても愛妻家の鈴木さんは、事あるごとに夫人同伴例会が多かった様に、今でも思い出します。
 いずれにしても、小島さん、鈴木さんと、ふたつの大きな星を失った当クラブではありますが、既に次の世代がクラブを支えてくれています。それを立証する場面が今年度幾たびかのホストクラブとして務めた例会、懇親会にあらわれていると私は思っています。若いメンバーの活躍がこれからも楽しみです。
 小島さん、鈴木さんどうぞ天界から見守っていて下さい。改めてお二人のご冥福をお祈り申し上げ、ご挨拶と致します。
二〇〇七年二月七日(第一一一二回例会)

posted by まもる at 16:56| Comment(0) | 会長挨拶