2012年10月27日

八田與一の功績

 今朝の新聞に、台湾からの記事で五月八日、八田與一氏の六十五回目の命日を、烏山頭ダムの氏の記念像の前で今年も盛大に行われたと載っていました。
 この方は、知る人ぞ知ると言いましょうか、あの台湾嘉南の不毛の地を肥大な沃野にした偉大な人だったんですが。なんと貯水量一億五千万トンの巨大ダムと、万里の長城の六倍という一万六千キロに及ぶ給排水路を設計し完成させた若き土木技師で、十年の歳月を経て嘉南平原から、洪水、干ばつ、塩害の苦しみ、そして飲み水にも不自由していた嘉南の農民を救ったという人なのです。このことを「神が与え賜うた水だ」と農民達は歓喜の声を上げ氏の偉業を称えたのでした。爾来、八田與一の名前は、嘉南六十万農民の心に刻み込まれ「嘉南大の父」と呼ばれるようになったと言われています。今朝の新聞の記事で、台湾の人々は六十五年を過ぎた今でも、その心は変らず日本人の八田與一氏を偲ぶ行事が行われているということに、改めて感銘致しました。
 私が八田與一というお名前を初めて知ったのは、昭和六十二年(一九八七)八月ボーイスカウト師勝第一団小島四郎さんを団長として、中華民国・台湾へ台湾童子軍と合同キャンプ(大栄火)に遠征された時、同行出来なかった私達に、みやげ話しに聞かせてくれたお話しの中で知ったお名前でした。
 去る五月六日ロータリーでは地区協議会が開催された日でしたが、私は、北名古屋市ボーイスカウト第二団のお招きにより、故小島四郎さんを偲ぶ会に出席してまいりました。発団以来お世話になったこの方の思い出はつきませんが、あの台湾の時の思い出話しもその一つでした。それは、ロータリーの職業奉仕、社会奉仕、環境保全、国際奉仕、このすべてが八田與一氏の貢献の中に含まれたものだったことを小島四郎さんは私達に伝えたかったのではないかと私は思っています。
 振り返ると私にとって小島四郎さんは、色々なことを折りにふれ教えて下さったり、お誘い下さったりした方ですが、まず最初は、二十八年前のボーイスカウトに誘って頂き、十四年前にはロータリーに誘って頂きました。もう一度お誘いがあるかも知れません……。

二〇〇七年五月九日(第一一二四例会)
posted by まもる at 17:06| Comment(0) | 会長挨拶
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