2012年10月27日

後藤新平さんのこと

 いよいよ迫ってまいりましたライラセミナー、実行委員会の皆様の並々ならぬご努力のお蔭で、当日を迎えるばかりとなりました。改めてお礼を申し上げます。念には念を入れて今日、最後の打ち合わせをこの後大野眞一実行委員長のもと開催致しますので、よろしくご協力のほどお願い申し上げます。
 今ロータリーでは青少年のことを、新世代という言い方で育成支援を続けていますが、このたび私共クラブがお世話をするライラもその一つです。学校教育以外で、青少年に対する育成とか子供の教育は、もともと日本人は熱心で特に戦前では日本全国津々浦々、少年団とか子供組、幼年会などが農村部を中心にあって、これは後に地域子供会とか青年団として現在も一部残ってはいますが、戦前のそれはもっぱら愛国少年や愛国義勇青年を育てるためだったようです。もちろん「富国強兵」の国策によるもので、義務教育→青年団→在郷軍人会と云う一大国民組織に組込まれた運動であったといえるでしょう。
 そんな頃(一九〇七年)、イギリス人でベーデン・パウエルという人が考案した青少年健全育成プログラムは、スカウトのパトロールシステム(斥候)、これが子供達や父兄に非常に支持されボーイスカウト野外活動の基礎となって世界に広がりつつありました。
 日本にボーイスカウト運動を広めた後藤新平という人がいます。一九二四(大正十三)年全国の少年団の正しい育成を目指し、少年団日本連盟を設立、自ら初代総裁となって活躍。日本ボーイスカウトの草創期に功績を残したといわれている人です。
 後藤新平が理念としている「少年団の行くべき途」として掲げた「自治三訣」の標語には、「人のお世話にならぬよう。人のお世話をするよう。そして報いを求めぬよう」とあります。これを遺訓とし、とこしえに顕彰すべくこの標語をバナーに入れているのが彼の出身地岩手県水沢市、第二五二〇地区水沢東ロータリークラブさんであります。
 さて、旧師勝町にボーイスカウト運動がはじまったのは一九七九(昭和五十四)年、発団設立の発起人はご存知、我が尾張中央ロータリークラブ名誉会員故小島四郎その人でありました。
 爾来、二十有余年に亘りボーイスカウト運動を通じて地域の青少年育成に貢献した彼は、我がクラブの永遠の誇りだと私は思っています。

二〇〇七年三月十四日(第一一一七回例会)

posted by まもる at 17:01| Comment(0) | 会長挨拶
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