2006年10月18日

聞いて下さい奉仕とは

 ロータリーの友に「言いたい、聞きたい」と言う欄があります。ご覧になりましたか、十月号。綱領に対する疑問とか「奉仕って何」など、私と同じような疑問を感じている人が結構居るもんだと思ったので少しお話しさせて頂きます。
 このところ奉仕を義務付けるということがあちこちでよく聞かれるようになりました。先月お話しした、法制審議会で検討中の軽微な犯罪者に、懲役や罪金の他に社会奉仕を義務付けること。また、東京都では来年度から全都立高校で、一単位年間三十五時間の「奉仕」が必修化されること。それは、「規範意識を身に付けさせることを狙いとしている」としています。ボランティアと言わないで「奉仕」と呼ぶ、ここがポイントですが、その理由は「自発的に行うのではなく、教育課程に組み込み必修とするため」と、都の教育委員会が説明しているようです。
 そこで「奉仕」を改めて辞書でひきますと、第一義に、「主君や、神仏に謹んで仕える」とあります。
 我々ロータリーで言う「奉仕」とは、ロータリーの理念を理解しその精神を自発的に行う事と思っていますが、先に申し上げた奉仕という言葉は、そもそも「奉仕」です。そこへいくとボランティアは、その語源からいっても、ラテン語では、「自由意志」。英語では「志願兵」を表すような自発的という意味がある。とするなら、どちらかというとやはりロータリーは、ボランティアを志す人々の集り、の方が合うように思えてきます。
 人のために尽くす行為を、国や人種、宗教の違いでその表現は微妙に異なるものです。
 大修館の大漢和辞典の第二義に「奉仕」とは「自分を棄てて他人の為に尽力する」とあります。奉仕には「滅私」という熟語が連想され、私達日本人は、これが深く心に刻まれています。
 私が少々この言葉に拘りを持つのは、外来の思想や考え方を、あいまいな訳のまゝどちらともつかないで使われていると、本当の理解は得られないと思うからであります。
 米山梅吉翁が、東京ロータリークラブを設立したのが一九二〇年、日本のロータリーはあれから八十六年、私達は、未だ人からロータリーの奉仕って何かと問われても、ズバリ明快な答えが出せないのもこの辺りが一つの原因としてあるのではないだろうか。「身を棄てて、人に尽くす」か、又、「他人によく尽くせば、自分にも多く報われる」を基本とするかで、表現する日本語は自ずから異なるのではないかと思います。
 あまりこんな理屈ばかり言ってると嫌われますからここら辺りで終らせて頂きます。
posted by まもる at 00:00| Comment(0) | 会長挨拶
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: