2006年09月20日

例会出席の意味とは

 人間の本性を賢人はこう言っております。孟子の言う性善説、荀子の言う性悪説、そして揚雄の善悪混合説とこのように三通りの見分け方が言われています。私は両面あって人間と思うのですが、このところ頻繁に起こる飲酒運転による悲惨な事故、飲酒運転は犯罪であると解っていても止まらない。取締る側から見れば、これはもうどうにもならない性悪人間達だから、罪をドンと重くして性根を叩き直すほか無いとす
る、しかし元々性悪な人間どもだから、事故を起しても今度は怪我人の救済どころか、飲酒がバレないようその場は逃亡する。こうなると最悪です。なんとかこの悪に対する罪と罰が正しく作用するような仕掛けはないものでしょうか。
 それはさて置いて、ロータリーでは、例会に出席することが最も大切なことであります。何事もここから出発し、そしてここで終了する場なのです。
この例会の一時間、競争のない世界で心を許し、自分を取りもどして、他人のことや社会の問題を考えるゆとりを持てるわけであります。そして元々性善な考えを持つ人々の集まりであるこのクラブは、奉仕の実行について語りあい、又、互いの職業に理解を深め、そこに求めるもう一つの奉仕のあり方など議論し合える素晴らしい例会、素晴らしい時間を共有出来るのです。
 しかし、止むを得ず欠席を余儀なくする場合、例会出席に劣らぬほどの理由を申告されるならば、むしろ名誉を賛えるべきというようなこともあってよいと私は思うのですが、いかがでしょうか。ロータリーは互いに理解し合い、助け合っていく。中にはルールは解っていても徹しきれない人もいるわけで、私は、そういう人達の持つ性善を信じ、善の部分を拡大する方法に依って、間違っても落後者を出さないようにしなければ、本当の例会出席の意味は無いと思うのです。
 ロータリーの理想を、
「山高くして貴とからず」としてはならないと思っています。

posted by まもる at 00:00| Comment(0) | 会長挨拶
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