2012年10月27日

530運動

 私どもが活動しておりますロータリークラブの母体は、一九〇五年アメリカで発祥しました。
 現在国際ロータリーでは世界一六八ヶ国の地域に、会員数一、二〇四、六九四名に上る奉仕を志す仲間が、今や世界的問題の環境浄化や水資源、地球温暖化等の対策に寄与すべく活躍しております。
 日本では、現在二、三二六クラブ、会員数九九、七四〇人(本年二月発表)となっており、その中の一つが私ども尾張中央ロータリークラブで、ただ今会員数四十六名で活動しております。本日も530運動に参加致しております、又ささやかでございますが、今回環境美化推進の啓蒙の一助となればとスポーツジャケットを寄贈させて頂きました。
 これからも私達ロータリアンは、奉仕の理想を目指し努力して参ります。
(開会式セレモニー会場:北名古屋市、健康ドームに於いて)

二〇〇七年五月二十七日(第一一二六例会)
posted by まもる at 17:07| Comment(0) | 会長挨拶

耳掻一杯の人びと

 ものごと何でもそうですが、一目見ればすぐ解ってしまうものとか、ちょっと調べれば、理屈が解るとか、ようするに単純なものはすぐあきられるものですね。そこへいくとロータリーはなかなか難しいからあきない、一言では言い表わすことは出来ないし。十人十色というように一人ひとりの人生観と同じくロータリー理念は十色の解釈が出来る。切り口によっては、さまざまな論理が成立する。ロータリー理念はもともと善行の結晶ですから、どっちから見ても、良いと勝手に思っています。
 最近、職業奉仕の考え方について、議論が盛んなようです。私は職業奉仕はロータリー運動の根幹というふうに思っています、問題は色々な団体への助成金のあり方とか、物の贈呈、寄進、ボランティア援助にお金を掛けることについて、原点に帰ろう運動があるようです。この議論は昔からあるようでロータリーの歴史をたどりますと、例えばオハイオ州でロータリアンの、エドガー・アレンという人、そのころ「キワニス」とか「ライオンズ」とかが結構いろんな活動で目を引いているのを見て、ロータリーでも何かしなくちゃと始めたのが即ち、身体障害児の保護、施療、教育でした。社会的弱者への奉仕、今も昔も変わりません。最大の人道的貢献であるとしてロータリー運動に最も相応しいとされている。
 しかしその時、それは違うと異をとなえたのがあの「最も奉仕するもの、最も多く報いられる」の標語で知られるアーサー・シェルドンさんです。一つの社会問題を取り上げて、その全てをロータリークラブが解決すべきというようなことは論外のことであるというのです。ごもっともなことかと思いますが。ここの部分は、今度のRI会長ウィルキンソンさんも仰っています。「新世代は、ロータリーだけの問題ではなく、人類全ての未来に関わる問題なのです。」と。そりゃあそうでしょう。
 そこでロータリーの姿勢のことについて分りやすく解説されているのが、大村北ロータリークラブの佐古さんの著書で「ロータリーの森を歩く」に、ロータリークラブというのは、耳掻き一杯ほどの職業人をもって、非常に深い親睦を達成するにあるのだ。と述べておられます、そしてその深い親睦というのは経済秩序を健全化することにあるのだとも仰っています。で、職業的社会生活が必然的に持っている欠陥を是正し、自由競争を前提とする社会に、秩序と掟を打ち立てることが出来るのがロータリーなのだ。というんですね。そうか、ロータリアンというのは、まず商道徳を守り、倫理を以って、身を収めることから始まるのか。しかし難しいですねこれも。

二〇〇七年五月十六日(第一一二五例会)
posted by まもる at 17:06| Comment(0) | 会長挨拶

八田與一の功績

 今朝の新聞に、台湾からの記事で五月八日、八田與一氏の六十五回目の命日を、烏山頭ダムの氏の記念像の前で今年も盛大に行われたと載っていました。
 この方は、知る人ぞ知ると言いましょうか、あの台湾嘉南の不毛の地を肥大な沃野にした偉大な人だったんですが。なんと貯水量一億五千万トンの巨大ダムと、万里の長城の六倍という一万六千キロに及ぶ給排水路を設計し完成させた若き土木技師で、十年の歳月を経て嘉南平原から、洪水、干ばつ、塩害の苦しみ、そして飲み水にも不自由していた嘉南の農民を救ったという人なのです。このことを「神が与え賜うた水だ」と農民達は歓喜の声を上げ氏の偉業を称えたのでした。爾来、八田與一の名前は、嘉南六十万農民の心に刻み込まれ「嘉南大の父」と呼ばれるようになったと言われています。今朝の新聞の記事で、台湾の人々は六十五年を過ぎた今でも、その心は変らず日本人の八田與一氏を偲ぶ行事が行われているということに、改めて感銘致しました。
 私が八田與一というお名前を初めて知ったのは、昭和六十二年(一九八七)八月ボーイスカウト師勝第一団小島四郎さんを団長として、中華民国・台湾へ台湾童子軍と合同キャンプ(大栄火)に遠征された時、同行出来なかった私達に、みやげ話しに聞かせてくれたお話しの中で知ったお名前でした。
 去る五月六日ロータリーでは地区協議会が開催された日でしたが、私は、北名古屋市ボーイスカウト第二団のお招きにより、故小島四郎さんを偲ぶ会に出席してまいりました。発団以来お世話になったこの方の思い出はつきませんが、あの台湾の時の思い出話しもその一つでした。それは、ロータリーの職業奉仕、社会奉仕、環境保全、国際奉仕、このすべてが八田與一氏の貢献の中に含まれたものだったことを小島四郎さんは私達に伝えたかったのではないかと私は思っています。
 振り返ると私にとって小島四郎さんは、色々なことを折りにふれ教えて下さったり、お誘い下さったりした方ですが、まず最初は、二十八年前のボーイスカウトに誘って頂き、十四年前にはロータリーに誘って頂きました。もう一度お誘いがあるかも知れません……。

二〇〇七年五月九日(第一一二四例会)
posted by まもる at 17:06| Comment(0) | 会長挨拶