2006年12月27日

南極ものがたり

 今日は、当クラブテリトリー内で地元のボランティア活動にご尽力されている団体代表者にお出で戴き、皆様の活動に少しでもお役に立てればと些少ですが助成の金員を御呈上致したく、御足労いただきました。
 さて、十一月五日の新聞に「国境なき南極大陸」として我が国の国際貢献の記事が載っていました。
 南極観測船「宗谷」、樺太犬「タロ」、「ジロ」、私達は平生すっかり忘れていたあの南極観測隊のことです。それは昭和三十一年(一九五六年)十一月八日、観測船「宗谷」が盛大な見送りを受け晴海埠頭を出航した時のことでした。
 当時はまだ敗戦の痛手を引きずりながらで復興途中の国民に勇気と希望を与えるような国家事業であったと記されています。
 昭和三十一年、私は中学三年生でした。伊藤操という熱血先生が居られて、この出来事を生徒たちにその時の歌と共に聞かせてくれたことを覚えています。
「白熊ほえ立つ氷海越えて 行くぞ我等の 科学陣……中略。
  ゆけゆけいざ行け 南極観測隊」。
 南極探検はこれより四十六年前、(明治四十三年(一九一〇年)白瀬矗中尉の壮挙で知られています。木造船「開南丸」(二〇〇トン)と二十八人の探検隊員、そして橇犬(樺太犬)明治四十三年の今日です。東京芝浦港を出発したと記録に残っています。
 あれから一〇〇年(実際は九十六年)、南極での活動は、探検から観測の時代に変わり、「南極物語」の映画のようなドラマ性はなくなって国民の関心が低くなったことは確かですが、たゞ「人類理想の条約」と言われる「南極条約」は、一九六二年発効、その内容は、軍事活動の禁止。科学調査の自由を保障し、南極ではどこへ行こうと自由が保障されているという。南極条約の理念と、それに基づく観測活動に日本の科学技術は大きく国際貢献しているそうであります。
 国際貢献では、我がロータリークラブも奉仕活動で大いに発揮して居ります。まさに国境を越えて、奉仕のプロジェクトは「ポリオの撲滅」「国際教育」「平和」「識字率の向上」等国際ロータリーが我々を代表して世界に貢献しています。
 私達は目下、身近なところへの奉仕に心がけています。脚下照顧、足元を見直して行こう、今年のクラブテーマです。

二〇〇六年十一月二十九日(第一一〇三回例会)
posted by まもる at 16:46| Comment(0) | 会長挨拶